アラフィフになって考える100年ライフ

「ものづくり」を通したライフ・シフトを実践するため,スキルと健康を高めていくブログ

私が査読を引き受けない理由

以前,投稿して採録になった海外の英文ジャーナルの編集者から査読依頼が届いた.

査読依頼は珍しい話ではないけど,ここのジャーナルから依頼が来たのは初めて.過去にはIEEE,Elsevierからも依頼が来たことあるけど,実は今まで査読を引き受けたことはほとんどない

これって,研究者の姿勢としてあまり好ましくない.

そういう自覚は十分ありますが・・・

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査読を引き受けなかった理由は,専門が違うとあまり適切な指摘が出来ないから.そんなことを言うと,同業者からは,

「それはみんなそうだ」

と言われそうだけどね.だけど,私はよほど専門が近く,有用なアドバイスができそうな論文でない限り,査読を断ることにしている.

 

私自身,今年の春にある日本の学会が主催する国際会議に論文を投稿したのですが,とてもひどい査読コメントで閉口した.

この査読者は一体どこを読んでいるのか?と激怒したくらいだ.

be-more-masculine.hatenablog.jp

査読者は採否の決定権を事実上持っているようなものなので,つい上から目線で弱点をえぐり出すようなコメントをしがちですが,それは厳に慎むべきだと思ってます.

どうしてもダメな論文もないわけじゃないけど,修正して済む程度であれば,どこをどう修正すべきか,客観的視点から指摘するのが本来の査読だと思います.

 

で,今回の査読依頼はどうしたかというと・・・

内容的に私でもまぁまぁ対応できそうだったので,珍しく引き受けることにした.

査読の〆切は11月上旬

 

以前,採録になったジャーナルなので恩義がある.今回はお礼奉公のつもりでやるさ(つまり,基本的には通すつもりで).

だけど,ぱっと読んだ感じでは,コンセプトは良さそうだけど結果が貧弱な感じ.

うーん・・・

コメントに苦労しそうだ.